双極性障害

双極性障害の入院生活ってどんなだろう④終~入院中の病状

投稿日:2017年12月21日 更新日:

に続き、入院中の出来事で、私の直接の変化について書いてみます。

 

の冒頭でも書きましたが、入院前後で病気が良くなったかと聞かれれば、正直なところ、よく分かりません。変化なし、のような気がします。というより、入院中に悪化した部分さえあります。

 

それでも、何度も書いていますが、入院中に学べたこと、他の患者さんの話が聴けたこと、友達ができたこと、などなど、私にとっては良い経験となりました。同じ病気の方とつながりを持てたことが、かなり大きいです。

 

 

入院中の鬱転

私は入院中に鬱転してしまいました。

 

入院当初は、わりと元気で担当医も「なんで来たの?」と言いたげな様子。

 

私も最初は

「入院で生活リズムを正し、自分をもっとコントロールできるようにするために来ました。」

と小学生の夏休みのようなことを言っていました。

 

そんなことだったので、最初は1ヶ月の入院予定でした。

 

通院していたクリニックの担当医にも、それくらいと告げられていたし。それでも入院は断っても断っても勧められ、かなりの期間、悩んだ末の入院でした。

 

振り返れば、あの時は躁に入っていました。何をしたかは伏せておきますが(^^;)思い当たる節はいくつかあります。

 

私には、1ヶ月でさえ長く感じていました。2週間くらいでいいんじゃないの?と、なめていました。入院当時は躁の自覚はあまりなかったので。

 

ところが入院して何日間か経った頃、突然、泣き崩れるようになりました。しかも何度も。

 

個室なのをいいことに、声をあげて泣いていました。苦しくて苦しくてたまらず、ナースコールを押してしまったくらい。

 

~~ 今までケガで入院したことはありますが、手術直後の麻酔切れの、あまりの激痛以外でナースコールを押したことはありません。けっこう我慢してしまう方です。 ~~

 

看護師さんが頓服薬を持ってすっ飛んできてくれます。私が落ち着くまで、ずっとそばで声をかけてくれたり、話を聞いてくれたりしてくれました。

 

また、寝つきが悪かったり、途中で何度も起きてしまったり(中途覚醒といいます)、おやすみタイムに、ナースステーションへ眠剤をもらいに行くことも何回もありました。

 

そんなことがあり、自然と私の大部屋への移動は遅れ、退院も遅れました。

 

退院が延期されることを聞いたときは、分かっていたけどやっぱりショックでした。認知行動療法のワークの題材に使ったくらい(笑)

 

③の「面会」で書いたように、誰かが訪ねてくると嬉しくてたまらず、大興奮します。その反動と言えるくらい、鬱で気分が落ちまくります。

 

まだ、ナースコールできる気力と、助けを求めることができたから良かったけど。

 

 

 

退院後の鬱転

退院直前は、だいぶ元気を取り戻し、大部屋に移って、友達も増えました。

 

外泊許可をもらって、趣味の山歩きにも出かけました。

 

年末が近くなり、追い出されるように退院。

退院時は、先生と看護師さん全員と、友達になったAさんが病棟出口まで見送りに来てくれました。嬉しかった。

 

一人暮らしですが、実家が近いため、大事を取って実家に寝泊まりすることにしました。

 

家に帰って嬉しいはずなのですが、今度はなんていうか、自分の目的が分からなくなってしまって、気が抜けてしまったようになりました。

 

せっかく入院したので、朝は起きるように努め、夜は眠くなるので寝ていましたが、毎日毎日、ただぼーーーっとするだけ。

 

感情が無くなってしまったようでした。

 

見かねた母が、お正月過ぎに伊豆半島へ旅行に連れ出してくれ、温泉に浸かって、お散歩して、ゆっくりと外の風を味わいました。

 

そこで見てしまったんですね。

 

『STAR  WARS』

 

エピソード5だったかな。たまたまテレビでやっていたので。ちょうどエピソード7が映画館で公開されている時です。

 

元々、大好きなSTAR WARS。生気が蘇ってくる感じがしました。母も大ファンなので、東京に戻るとすぐに映画館へ。

 

7を観て、レイは誰の子だの、フィンはライトセーバーが使えたからフォースがあるはずだの、母と論議を繰り返し、徐々に口数も増えました。

 

ゆっくりとですが、元気とやる気を取り戻し、2月中旬には外で人と会うまで回復しました。

 

あー、私、STAR WARSに救われてる。あ、あと母ね(笑)

エピソード8、早く観に行きたいな~。

 

 

 

サバンナの会

退院後、入院時にお友達になった方々からお茶に誘われ、何人かで近況報告をしました。

 

双極性障害だけでなく、うつ病の方もいましたが、私たちの病気は、いつどこでどう気分が変化するか分からない点があります。そのような病気を持って、社会を生き抜くのが私たち罹患者です。

 

ということから、この集まりは『サバンナの会』と名付けられました(^^;)

 

に書いたCさんが会則をA4用紙に何枚も書いてくれたそうですが、私が参加した会当日は、不調で参加不可。

 

みんなで

「Cさん、会則あんなに頑張っちゃって、あの時はスイッチ入っちゃってた(躁状態)んだろうね」

と予測していました。

 

退院後、話題になるのは、やはり就労についてです。みんな早く働きたいのです。お金の心配もあるし。

 

けど、そのときは6人中4人がまだ医師から許可が下りていませんでした。

 

「どうしたら働けるようになるの?」を繰り返す人、「障害者の作業所に行ってみる」と言う人、「病気のことオープンで就職活動してみる」と心を決めた人。

 

様々ですが、働きたい意欲はみんな一緒でした。

 

働きたいのに働けない、お金ばっかり減っていく、その焦りと不安はいら立ちにも変わります。

 

私も医師から許可が下りるまでは、焦りだらけでしたが、今こうして働くことができています。

 

ほんっとに辛いけど、何も考えずに、しっかり休養して自分を安定させることが早道なのですね。

 

サバンナの会のみんなは元気かなー。連絡してみよっと。

 

 

 

おわりに

いかがでしたか?

 

に続いて精神科ならではの、楽しいだけではない一面を書いてみました。

 

物理的な病気(双極性障害は脳の病気と言いますが)と少し違うため、その時限りの対処療法が利かないのが、精神疾患のやっかいなところなのかなと思います。

 

特に双極性障害は一生背負っていく病気です。

 

医師と薬に頼ればいいというのではなく、自分自らも病気と向き合い、相手をよく知り、自分なりの対処法を身に付けて行くことが重要なのだなと思いました。

(他の病気にも言えることですが。)

 

入院は、そのための方法をいくつか教えてくれました。

 

他の患者さんの話を聞いて、自分の視野も広がりました。みんながみんな、自分の症状を抱えながら、社会に溶け込む努力をしています。

 

これを読んでくださった、同じような病気の方、もし孤独でしたら連絡ください。

 

wpgblue.wp@gmail.com

 

私はTwitterでも多くの双極性障害罹患者と繋がることができ、毎日が励みになっています。

 

一人でこの病気と闘うのは、あまりに負担が大きいように思います。

 

 

話はそれましたが、この度の入院は、病状に大きな変化は見られませんでしたが、病気との付き合い方についての情報は増えました。

 

入院を検討されている方、医師から勧められている方、オススメします。

 

入院が必要な時と言うのは、私たちの場合、とにかくゆっくりと頭と体を休める必要があるときです。入院中は、それができます。

 

家のこと・お金のこと、心配事は溢れますが、家にいるとつい動いてしまったり、悲観的になりがちなのに対し、入院では余計なものがない上に、すぐそばに医療従事者がいるという安心感があります。

 

ただし、病棟はきれいなところがいいですね。

そうでないところの閉鎖病棟の話などは、私は絶対行きたくないと思ってしまいましたし。

 

双極性障害罹患者の方、残念ながらこの病気は治りません(泣)

 

だったらどうやって付き合っていくか、一緒に学んでいきましょう。

 

病気に頭と体を乗っ取られる前に、自分の頭は自分のもの、自分の体は自分のもの、と打ち勝っていきたいものですね。

 

 

以上、長くなりましたが、ここで終わりにします。

 

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ハリネズミのハリー

アラフォー女性、会社員であることに疑問を持つ会社員、双極性障害Ⅰ型、セクシャルマイノリティ(バイセクシャル) 、2桁年下の彼女がいます。いろいろマイノリティです(笑) アウトドア好きです。よろしくね。

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